令和2年7月豪雨災害 JCHO人吉医療センターの記録

令和2年7月豪雨災害
JCHO人吉医療センターの記録

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独立行政法人地域医療機能推進機構人吉医療センター

1.はじめに

◆ご挨拶と御礼

令和2年7月豪雨災害でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに被災されたみなさまに心からお見舞い申し上げます。

7月3日深夜から4日未明にかけて南九州を襲った線状降水帯による記録的な大雨のため球磨川が氾濫し人吉をはじめ沿岸の多くの自治体で甚大な被害が出ました。当院では、駐車場が膝まで、1階が足首の高さまで浸水し一時大型器機やエレベーター、エスカレーターなど使用できない状況となりましたが、いち早く災害対策本部を立ち上げ4、5日の2日間、救急を中心とした災害診療を行いながら復旧作業に徹しました。幸いにも1階の水も4日午後には除去でき電子カルテも稼働し大型機器も翌日には復旧し、月曜日からは平常診療も可能となりました。ただ市内の多くの医療機関が被災したため救急、周産期が当院に集中しただけでなく、これまで構築した医療連携も困難となりました。職員の人的被害はありませんでしたが、住居65棟、車74台が浸水し避難所生活を送った職員もいて20数名が出勤できない状況でした。

マンパワー不足に対し、熊本県、熊本大学、DMAT、各種団体から医師や看護師をはじめとする応援、また団体個人から温かい励ましのお言葉やお見舞いをいただきました。皆様のご厚情に対し深く感謝申し上げますとともに心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

市内の変わり果てた姿を見ると未だ心が痛みます。とは言えいつまでも被災を引きずり立ち止まっているわけにはいきません。私たちは復興復旧活動に取り組み、そして新しい未来を切り開いて行けるように粛々と良質な医療を提供し、地域とともに歩みを進めて行きます。

どうかこれまでと変わらぬ皆様のご協力ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

JCHO 人吉医療センター 院長 木村 正美


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2.令和2年7月豪雨の概要

◆国土交通省 気象庁 ホームページより

7月3日から7月31日にかけて、日本付近に停滞した前線の影響で、暖かく湿った空気が継続して流れ込み、各地で大雨となり、人的被害や物的被害が発生した。気象庁は、顕著な災害をもたらしたこの一連の大雨について、災害の経験や教訓を後世に伝承することなどを目的として「令和2年7月豪雨」と名称を定めた。

7月3日から8日にかけて、梅雨前線が華中から九州付近を通って東日本にのびてほとんど停滞した。前線の活動が非常に活発で、西日本や東日本で大雨となり、特に九州では4日から7日は記録的な大雨となった。また、岐阜県周辺では6日から激しい雨が断続的に降り、7日から8日にかけて記録的な大雨となった。気象庁は、熊本県、鹿児島県、福岡県、佐賀県、長崎県、岐阜県、長野県の7県に大雨特別警報を発表し、最大級の警戒をよびかけた。

その後も前線は本州付近に停滞し、西日本から東北地方の広い範囲で雨の降る日が多くなった。特に13日から14日にかけては中国地方を中心に、27日から28日にかけては東北地方を中心に大雨となった。

7月3日から7月31日までの総降水量は、長野県や高知県の多い所で2,000ミリを超えたところがあり、九州南部、九州北部地方、東海地方、及び東北地方の多くの地点で、24、48、72時間降水量が観測史上1位の値を超えた。また、旬ごとの値として、7月上旬に全国のアメダス地点で観測した降水量の総和及び1時間降水量50mm以上の発生回数が、共に1982年以降で最多となった。

この大雨により、球磨川や筑後川、飛騨川、江の川、最上川といった大河川での氾濫が相次いだほか、土砂災害、低地の浸水等により、人的被害や物的被害が多く発生した。また、西日本から東日本の広い範囲で大気の状態が非常に不安定となり、埼玉県三郷市で竜巻が発生したほか、各地で突風による被害が発生した。

国土交通省 水管理・国土保全局令和2年7月豪雨について <説明資料> より

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3.人吉医療センター災害対応の状況

◆災害対策本部の立ち上げと災害診療 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

当院では災害診療体制へ移行し対応しました。7月4日当日5:15には人吉・球磨地方全域に避難指示が出されています。国交省からは8:23に『球磨川氾濫 警戒レベル5』の報告が入っておりますが、実際は九日町で6:40 球磨川はすでに氾濫が生じ、約1mの浸水となっていました。当院でも7:40には玄関先が、8:30には救急センターが浸水にみまわれ、防水板を設置し1階の物品を階上に移動しつつ、9:30に災害医療体制として2階に各エリアの展開を開始、10:00には4階事務室に対策本部を設置しました。

10:20に『浸水のため愛甲産婦人科が診療不能状態である』旨の連絡が入り、切迫早産の患者さんと産後3日目の患者さんに当院へ転院していただきましたが、その後も人吉・球磨地域の被災状況が明らかになるにつれ、要救助者が多数におよぶとの情報があり、召集可能であった職員はまだ多くはありませんでしたが、14:42にエリア展開を開始しました。これと同時に退院可能な患者さんには退院いただき、空床確保を開始しております。

被災された方(特に浸水による低体温症)が多数救急搬送される中、16:40に『球磨村千寿園にて死者14名、 54名トリアージ中』との情報の元、本部としてはトリアージ赤・黄の患者さんを当院にて受け入れ、トリアージ緑の軽傷者は公立多良木病院をはじめ他施設へ搬送いただく方針とし、4日の時点では4名を受け入れました。
7月5日の深夜にも千寿園からさくらドームへ避難された入所者のトリアージは継続され、また福祉避難所も公立多良木病院も受け入れ困難な状況となった為、各避難所からの受け入れ要請(特に維持透析患者)に対応しつつ、千寿園の被災者13名を受け入れました。

本部としては、翌6日(月曜日)からの通常業務再開を目標とし、複数施設からDMATが入るとの情報もあり、各エリアの縮小を試みましたが、救急患者の搬送は前日を上回り、最終的に各エリアを撤収し、1階の救急センターでの通常対応を再開したのは18:00、災害対策本部としての活動を終了したのは22:00となりました。最終的には災害発生後の2日間で、軽傷40名、中等症16名、重症(死亡を含む)6名 計62名、救急車63台(7月358台)を受け入れました。

また、自らもしくはご家族が被災されたにもかかわらず、今回の災害診療に協力いただいた職員のかたも多数います。ご尽力いただいたすべての方に感謝申し上げます。

副院長 薬師寺 俊剛

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◆看護部の状況 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

今回の災害で20数名の看護職員が被災し勤務困難となりました。その上、人吉市の多くの病院が被災し救急・産婦人科を一手にひき受ける状況となりマンパワー不足となりました。

そこで、看護師・助産師の応援要請を行いました。JCHO からは、諫早総合病院・宮崎江南病院・天草中央総合病院・九州病院・熊本総合病院・福岡ゆたか中央病院・久留米総合病院・佐賀中部病院・南海医療センター・湯布院病院、その他にも熊本市民病院・くまもと森都総合病院・西日本病院の応援を受けました。これにより毎日10名程度の看護師が病棟業務をおこない業務軽減ができました。特に熊本地震時、熊本市民病院の看護師を受け入れていた当院に対し7月7日には助産師・看護師の応援をいただき懐かしい顔に涙し絆を感じました。

また、JCHO 宮崎江南病院と天草中央総合病院からは看護部長自ら駆けつけていただき本当に心強く感じました。

特に周産期は災害前、月10名程度の出産が約4倍の出産となり被災した愛甲産婦人科から助産師3名と熊本助産師会から毎日2名程度の助産師に交代で応援していただきました。

救急は7月10日から17日までDMAT に夜間業務を、7 月17日からは熊本県看護協会の計らいにより済生会熊本病院と国立熊本医療センターから2週間ずつ応援していただきました。

長期間の支援により被災した職員も徐々に復帰し平常を取り戻しましたが、被災による精神的ストレスが原因で復帰できない看護職員がおり被災後のメンタルケアに力を入れていきます。

この場を借りてご協力いただいた各施設に厚く御礼申し上げます。

看護部長 渡辺 朋子

◆救急センターの状況 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

今回の水害を経験し、災害初動時の救急医療は想定外との戦いだと感じました。

1番の想定外は、当院1階の浸水でした。過去の水害を鑑みても、球磨川を挟み人吉城側で河川の氾濫が起きるとは想定しておらず、1階が浸水した事で、訓練でもやった事がない2階での診療エリアの展開となりました。当然1階フロアとは構造が大幅に異なるため、導線を含めベッドや物品配置などをその場で判断せざる得ない状況でした。それ以外にも、数えればキリがない程の想定外の課題と直面しました。

災害初動時は時間的な問題もあり、その都度その場面で判断・解決していかなければなりません。Bestな対応が出来たとは言い切れませんが、災害対策本部を中心にスタッフ全員でbetterな対応は出来たと思っています。

救急センター 杉松 幸太郎

◆周産期医療の状況 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

今回の水害で人吉市内の愛甲産婦人科、河野産婦人科が浸水し当院は人吉球磨唯一の産婦人科となりました。発災直後に熊本大学片渕教授の心強い全面支援の連絡、妊婦のスムーズな移送ができたのは、愛甲先生とスタッフの迅速な対応、また、心よく地元の妊婦さんを受け入れていただいた伊佐市中村産婦人科、小林市民病院吉永先生等幅広い産婦人科の連携・絆の強さを改めて実感しました。お陰で発災から1か月を乗り越えることができました。

まずはお世話になりましたみなさまにお礼申し上げます。

今回、最初に困ったことが固定電話、一部の機種の携帯が使えず患者さん・妊婦さんと連絡がとれなかったことです。そのためFacebook、Lineで周知したところすぐに多くの反応があり災害時のSNSの有効性を認識しました。また、KKTやRKKのインタビューも受け当院が診療可能であることを広く周知しました。

4日の夜には、早速飛び込み出産があり、その後これまで経験したことのない分娩ラッシュが始まり、コットや保育器が不足したため、愛甲産婦人科、公立多良木病院、アステムの協力を得てかき集めました。結局7月の分娩数は40例で前年同月比270%、緊急帝王切開9件で小児科、麻酔科には多大な御協力をいただきました。

7月6日(月曜日)から平常外来を始めましたが、通常1日3、4例の初診患者が最大25例、1日の外来患者は連日70例を超えました。最終的に7月の外来件数は1100件(前月比200%)となりました。もちろん熊本大学、宮崎大学、DMAT、愛甲医師(啓先生、碧先生)の協力、そして愛甲医院や熊本県助産師助産師協会から助産師さんの応援があったからこそ無事に乗り切れたと考えます。公私関係ない、職種や県境を越えた周産期医療の連携が災害時に最大限に発揮された好事例だと熱く感じた次第です。

8月3日から愛甲産婦人科、8月11日からは河野産婦人科が再開し少し落つきそうです。この1か月は自分にとっても生涯忘れられない経験となりました。みなさま今後もよろしくお願いします。

産婦人科 瀬戸 雄飛

◆2020年7月 豪雨災害後の救急外来対応件数と分娩件数の推移 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

当院は地域医療支援病院です。人吉市内の当院登録医療機関は合計45施設あります。7月8日時点では、27施設が通常診療または一部診療再開を行われている状況で、7月10日時点では、31施設、7月20日時点では34 施設、7月30日時点では38施設でした。

診療場所の変更や、限られた検査機器などを使用し診療が行われているところも多くありました。

以下のグラフでは、救急センターにて対応した患者件数を示しています。災害発生直後は二次救急の医療機関が被災していた事から、当院への搬送が集中しました。日を追う毎に救急センター対応件数は減少傾向にありましたが、前月6月の平均よりも患者数は約2倍多い結果となりました。

また当院で対応した分娩件数は以下の通りです。

6月は12件であった分娩件数でしたが、7月4日以降、ほぼ連日で分娩対応をさせて頂く結果となり、前月の約4倍増加しました。

診療情報管理室 久保田 智子

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◆医療福祉連携室の状況 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

7月4日(土)の発災直後は、被災宅や施設からの搬送者受け入れや社会的入院となり得る方の転・退院調整、患者家族への連絡確認、搬送手段の手配などを行いました。

7月5日(日)は人吉市内の医療機関へ聞き取りを行い、医師会との協力にて開院状況などをリスト化しましたが、確認が取れたのは44ヶ所中21ヶ所のみでした。しかし、7月10日(金)までに画像検査不可やかかりつけ患者のみ対象など様々な制限があるものの、31の医療機関で外来診療可能という状況にまでなりました。

7月6日(月)からは、看護部と協力して、予定の入院日延期や転・退院日を早めるなど、増加が予想される救急搬送患者の為の病床確保にも努めました。一方、外来へ飛び込んでくる患者等への相談対応も行い、場合によっては医師や薬剤師との協力で避難所にいる20名分の処方を行うための調整もしました。

また、当初は人吉市内の入院病床を持つ10医療機関中、7医療機関ほどが転院受け入れ不可の状況であった為、急性期の治療を要しない入院患者については熊本市内への転院を進めました。ソーシャルワーカー協会やDMATの協力により、受け入れを申し出ていただいたくまもと成仁病院や桜十字病院グループ、谷田病院、西日本病院への転院もスムーズに行うことができました。ただ、その後も避難所等からの救急搬送が続いていた為、県内全域の病院・施設への転・退院を想定して、病床確保に向けた県や市町村との連絡調整も行いました。

結果、7月における転・退院数は人吉球磨以外の病院・施設が45名、人吉球磨の病院・施設が87名、その他避難所等が56名となりました。

今回の水害が広域で程度が高度であったため他の機関との連絡手段、患者移送手段の確保が難しかっただけでなく、当該地域の限られた病床が減少し平時では「連携」でうまく回ったものが災害時では困難となり、地域を越えた広域な連携と協力で急性期病床の確保・運用が可能となりました。

 医療福祉連携室 南 秀明

水害時においての高額機器対応 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

画像診断センターへの浸水は正面玄関側とER 側から始まりました。初期対応は院長指示のもと技師4人でCT、MRI、心カテ装置、骨密度装置、透視装置、一般撮影装置等の出入口に検査着やタオル等を詰め込んで泥水の浸水を防ぎました。場所で異なりますが最大40㎜位の浸水がありました。これらの医療機器はケーブルがピットと言う溝を通って各装置につながっています。当然、ピット内はすべて泥水浸水がありました。各メーカーに連絡し装置を分解して浸水の程度と動作チェックをして7月6日にはすべての医療機器が使用可能の状態になりました。後でメーカーに調査依頼して分かったことですが、装置により異なりますが床部から約25㎜から50㎜で基盤等の浸水が起きます。今後、またこのような水害があった場合は、泥水侵入を25㎜以下にすることが重要になって来ると思います。

対策として、出入口に吸水シートを挿入その外側を厚めのビニールで覆いテープで固定し出入口の泥水侵入を防ぐ。底上げできる機器は60㎜程度底上げする。ピット内ケーブルをまとめて持ち上げしやすいようにする。などを施行したいと思います。また、初期対応に参加できる人数の確保を前もて考えておく必要があると思います。

今後、またいつこのような事が起きるか分かりませんので皆さんの協力のもと、高額医療機器の浸水防護をお願い致します。

画像診断センター 井上 義晴

◆災害で活躍したICT - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

当院は令和元年4月からくまもとメディカルネットワーク(以下KMN)の参加登録を積極的に推進し、当院の登録者は10,000名を超え、人吉球磨内の利用施設登録は83施設あります。KMNは、病院・診療所・歯科診療所・薬局・訪問看護ステーション・介護施設事業所・地域包括支援センターをネットワークで結び、患者さんの診療に必要な情報(受診歴、病歴、検査結果、処方内容、検査情報など)を患者さんが希望した施設間で共有することで、より良い診療に役に立てるシステムです。豪雨災害でこのシステムが活躍しました。

災害発生から数日間、固定電話、FAX、インターネット、docomo以外の携帯が使えず(もちろん119も繫がらず)、個人の携帯で医療機関、医師会、行政、消防など知り合いを通じて繋がりを見つけ連絡を取り合っている状況でした。

そのような中、自宅が被災し薬やお薬手帳を流された、かかりつけ医が被災したなど、当院に多くの患者さんがいらっしゃいました。固定電話が使えないため医療機関に病歴・処方内容など問い合わせができない状態でした。7月7日、ようやく当院のインターネットが復旧し、KMNが使えるようになりました。データを提出している医療機関については処方情報等の確認ができ、「文章の送受信機能」で診療情報をやり取りし、当院のFAXが復旧してからも被災にて固定電話やFAXが使えない約20件の医療機関はポケットWi-Fiを使い、FAXの代用として利用しました。また、被災しカルテやレセコンなどが水没した医療機関の中には、KMNで自院のデータを見ながら処方したなどの声も聞かれました。
災害を経験し、個人の備えももちろんですが、災害に備え地域全体でのKMN(ICT)活用の必要性・重要性を痛感しました。今後も住民の方にはKMN加入参加登録を呼びかけ、医療機関・調剤薬局・福祉機関・行政等は、利用施設を増やすと共にKMNを活用した連携を行っていきたいと思います。

医療福祉連携室 山田 一裕

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◆人吉球磨地域における保健医療支援チームの活動 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

今回の豪雨災害に対して7月4日にDMATの派遣要請が行われ、翌7月5日、災害拠点病院である当院へDMATが14隊入り、人吉球磨医療圏保健医療調整本部が立ち上がりました。

私が本部長にDMATロジスティックチームのリーダーに三村誠二先生(徳島県立中央病院)が就かれました。今回、人吉球磨に参集した支援チームはDMATをはじめ下記に示す15団体で、多い日は一日48隊が活動しました。

本部活動としてまず情報収集が行われ、人吉市の44の医療機関のうち26が浸水し、またインフラの被災で7月6日月曜日から診療可能な施設は15でした。発災直後は固定電話やインターネットが使えず、この地域の医療機関の被災情報を県や国はまだ把握できておりませんでした。DMATはこの地域のすべての医療機関や介護施設、医師会等を訪問して情報収集し、衛星電話を介してEMIS(広域災害救急医療情報システム)に代行入力が行われて被災状況が公になりました。

また、支援チームは救出現場や避難所に出向き、情報収集、被災者のトリアージ、傷病者や透析患者など医療が必要な被災者の搬送を行いました。この地域の中核病院である当院と公立多良木病院が災害による傷病者を受け入れる役割を担いました。

当院の救急診療や退院調整に関しては調整本部の計らいで当院にDMAT 11 隊、日赤救護班1隊を派遣していただき、その後は熊本大学の笠岡教授から医師3名を派遣していただきました。また、被災した医師会の医療機関訪問と診療再開のための支援も行われました。

7月9日に調整本部は当院から球磨地域振興局に場所を移動し、本部長は剣保健所長と医師会の山田先生、山村先生に交代しました。この時点で人吉市では8か所の指定避難所に約1200人、球磨村では5か所の避難所に約600人、その他の町村の指定避難所にも多くの方が避難されており、さらに自主避難所は詳細不明、孤立世帯300以上という状態でした。被災された人は慣れない避難所や被災した自宅で非日常的な生活を続けるうちに感染症、熱中症、深部静脈血栓症、ストレス関連循環器疾患、持病の悪化、不眠、うつ、廃用委縮などの災害関連疾患を発症し、中には死亡される方も出てきます(災害関連死)。これらの疾患予防のため支援チームは避難所に出向き、地元のスタッフとともに衛生環境改善、熱中症予防、肺炎や食中毒などの感染予防、深部静脈血栓予防、体操などの運動、心のケア、慢性疾患の患者さんが定期の薬を受け取るためのシステム作り、そして今年は新型コロナ予防策などが行われました。孤立世帯に対しては自衛隊や消防とともに訪問し、医療や介護の必要な方を探し出すローラー作戦が行われました。また、被災者を支援する立場にある地元の自治体の職員、保健師、医療従事者などに大きな負荷がかかり疲労とともに心を病む人が出てきますので、このような支援者を見つけてケアや治療につなげる活動も行われました。

保健医療が次第に落ち着きを取り戻すとともに支援チームは漸減し、調整本部を務めていたDMATロジスティックチームは7月26日に撤収してその役目は日赤救護班に引き継がれ、7月31日に調整本部は解散しました。人吉球磨地域の被災者のために活動していただいた支援チームの皆様に厚くお礼申し上げます。

DMAT 医師 下川 恭弘

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◆BCP 平時の取り組みと実際 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

JCHO 人吉医療センターBCP マニュアルでの災害適応範囲は、広域自然災害震度6弱以上の地震や大規模人為災害等を掲げています。今回の深夜から降り続く豪雨、当地域初の大雨特別警報「警戒レベル5」、記録的短時間大雨、津波災害同様の大規模な水害は、人吉盆地内での想定にありませんでした。

災害対応基本方針は、①寸断なく医療提供を行うこと ②人命を最大限優先すること ③災害拠点病院として地域の医療提供の核となること です。

平時の取り組みについては災害対策・防火委員会が主となり地域の主要機関と共催し合同防災訓練の開催や防水板設置訓練を行っていました。今回、その浸水対策のための防水板が非常に有効で、本館棟出入口5か所に設置、泥水濁流を免れ医療提供を寸断することなく早期復旧に至ったと考えます。また院内は近隣の住民の方の避難先としても利用していただくことが出来ました。

一方で職員548名の安否確認に時間を要しました。幸い全員無事でしたが、固定電話やメール、一部携帯電話が不通になったことなどを含め今後の重要課題となりました。有事の際の通信ツールは多種必要で衛星電話とアマチュア無線機も活用しました。

さらに当地域ほぼ全体が被災しており地域の情報収集が困難だったため当院DMAT 隊員と共に市(健康福祉部)や保健所、新聞社を訪問しました。地域の現状や災害医療活動に欠かせない、顔の見える情報収集と連絡先確認が非常に有効でした。その後、DMAT 隊員は被災した地域の医療機関や避難所へ出向き情報収集を行いました。このような活動は今後の災害対策へ繋げて行きたいと考えています。

総務企画課 西山 三智

◆防水板設置説明会開催 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

防水板設置説明会開催・・令和2年8月25 日(火)15 時から職員を対象とした防水板設置の説明会を行い、令和2年7月豪雨時に、この防水板が非常に有効であったことから、設置方法の習得又は再確認する機会としました。

カメラやビデオで設置方法を記録する職員の姿もあり、いつ起こるかわからない災害に備え職員の意識も高くなっている事を感じました。

災害対策・防火委員会

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◆水道水の提供に関する協定 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

 令和2年10月1日、人吉市水道局と人吉医療センターは、大規模な地震その他災害が発生し、人吉市内において広域的な水害が発生したときにおける水道水の提供について、協定を締結しました。豪雨災害時は、一時ですが、当院のタンク水が使用できなくなりました。

今後は、人吉市が管理する上水道水(飲料用:入浴用その他口腔内に入る可能性がある用途を含む)を、広域的な断水が復旧するまでの間、上水道事業に重大な支障がない限り提供していただけます。

災害対策・防火委員会

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「人吉・球磨豪雨災害とがん医療」 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

12月13日(日)、「熊本県がん診療連携協議会セミナー令和2年度県民公開講座」において「人吉・球磨豪雨災害によるがん医療への影響と今後の課題」について講演させていただきました。講演では、当院データや職員、行政、医師会、患者・家族、薬剤師会、介護関連事業所などへのアンケートをもとにお話をしました。

7月4日の豪雨災害では、人吉市にある医療機関の約60%にあたる26施設と調剤薬局32施設が被災し、がん医療へも大きな影響がありました。幸い当院は7月6日から通常診療が可能となり、がん診療も手術や化学療法、放射線治療、ハイパーサーミア、緩和ケアなど通常通り行うことができました。7月5日に立ち上げられた「人吉球磨医療圏保健医療調整本部」とも連携して患者さんの受け入れ調整なども行えました。

しかし、地域の医療機関や患者・家族のアンケートからは、治療を断念せざるを得ないなど大変な状況も窺えました。

医療機関へのアンケートでは、多くが検査機器や入院設備、通信手段が使えないこと、医療者や診療情報が不足したことなどががん診療の機能を大きく低下させたと回答されました。

ただ、そのような状況下でも、7月10日時点で条件はあるものの31の医療機関で外来診療を開始され、当院以外で内服化学療法や緩和ケアを行う医療機関のほとんどががん診療可能な状況になりました。

がん患者さんへのアンケートでは、被災により通院手段がなくなったり、避難所での体調管理が困難になったりとの理由で化学療法や放射線治療を中止せざるを得ない方もいました。

また、かかりつけ医の被災で診療情報を喪失したり、在宅見取りの希望が叶わなかったりと様々な影響があったようです。

今後の課題としては、既存の「熊本県災害時がん診療情報共有要領」に基づく情報共有と診療の補完体制の更なる拡大・充実が必要と思われます。当院でのがん診療が困難になった場合、圏域を超えた受診・受療を可能にする体制が望まれます。また、「災害に影響されないネットワーク」構築の観点から、がん連携パス「( 私のカルテ」・)「くまもとメディカルネットワーク」の推進、加えて人吉球磨医療圏保健医療調整本部解散後も持続的に広域な受診調整・入退院調整を行うシステムの構築も重要でしょう。

そして、被災者の通院継続の為には、医療ケアもできる福祉避難所の増設なども有効と考えます。がん患者さんや各機関においても、複数の連絡手段の確保やがん相談支援センターなど相談窓口、各種支援制度の確認をしておくことをお勧めします。

さらに、「私のカルテ」、「お薬手帳」の常備と「くまもとメディカルネットワーク」加入なども重要なこととして考えられるでしょう。

医療福祉連携室・がん相談支援センター 南 秀明

4. 水害から1年が経過して

◆ご挨拶と御礼 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

令和2年7月豪雨災害から1年が経過しました。水害で被災された方々にお見舞い申し上げるとともにお亡くなりになりました方々のご冥福をお祈りします。また水害に際し多くの皆様からお見舞い、ご協力、ご支援を賜り当院も医療を継続することができましたことを心から感謝申し上げます。改めて災害時の応援・支援、特に共助の大切さを認識する機会になりました。

被災した人吉の街は建物の解体が始まり復興計画が進んでいるところですが街が以前の賑わいを取り戻すのはまだまだ先になりそうです。地域の医療機関においては閉院されたところもある中で新たな気持ちでリフォーム後再開、さらに建て替え計画も進んでいるようです。当院でもこれまでの地震を想定した災害対策とは別に水害に対する備えを職員一同一丸となって進めているところです。地球温暖化、気候変動、環境破壊による大規模水害はほぼ毎年のように各地で起こり、今年も伊豆や中国地方で線状降水帯による洪水、土石流が発生し大きな被害が出ています。われわれも梅雨や台風による水害が発生しないことを願うだけでなく、この球磨川に沿った豊かな氾濫原である当地域で少しでも安心して暮らせるように通常医療、災害医療に力を入れていく所存です。

最後にCOVID-19 の第5波も心配される状況ですが、ワクチン接種が進み一刻も早く感染が終息し以前の状態に戻り、人吉の復興が進み皆様にお出でいただきおもてなしできることを願っている次第です。今後ともよろしくお願いいたします。

JCHO 人吉医療センター 院長 木村 正美

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◆災害対策・防火委員会の活動 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

豪雨災害を経験し、災害対策・防火委員会を中心に人・もの・設備でさらなる防災対策の強化に取り組んでいます。

JCHO 人吉医療センターの災害対応基本方針として①寸断なく医療提供を行うこと、②人命を最大限優先すること、③災害拠点病院として地域の医療的の核となることを掲げています。
災害時には病院連絡簿を活用し職員の安否・安全を確認するとともに、医療提供を維持するために職員招集や勤務の可否確認などを行っています。また、大雨警報時には、出入り口や通路などへ防水板を設置し水害被害対策に努めています。さらに、赤い防水板、吸水性土嚢、防災用品や、防水シート、非常用簡易トイレ9,000 回分、備蓄食の追加購入をしました。

設備面では、今回、委員メンバーを中心に院内の地下ピット(地下空間)の確認を行いました。地下ピットとは、電気配線や給排水設備の配管などのメンテナンス用に設けられた空間です。当院の地下ピットは3 メートル程の空間となっており、水害時に有効活用できることが確認されました。地下ピットの使用手順やBCP(事業継続計画)に基づいた水害マニュアルの見直しなど、整備を行い関係職員で情報共有を行ってまいります。

災害が起こらないことを願いますが、対策のさらなる強化を目指し、住民の皆様が安心して医療を受けられるよう環境整備に努めてまいりたいと思います。

災害対策・防火委員会

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◆「JCHO人吉医療センター豪雨災害タイムライン」 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

これまでのJCHO人吉医療センターBCPの考え方に基づいた「病院災害マニュアル」は地震など突発的に起きる大規模災害(突発型大規模災害)に備えていたが、近年の進行型災害と呼ばれる風水害に対応するべく「JCHO人吉医療センター豪雨災害タイムライン」を策定しました。

2021.8.31初版

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◆令和3年度人吉市総合防災訓練 人吉医療センターDMAT展開 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

DMAT は、球磨川の中洲にある中川原公園で展開、この公園は、市民の憩いの場でしたが昨年の豪雨により無残に破壊され現在も立入禁止の区域となっています。

訓練では、まず消防が重機を用いて家屋の材木を取り除き、警察と消防団がスコップで土砂を掘って埋まった人形を探し出し消防団が担架でDMAT の救護所に搬送、そこからDMAT が定められた手順で診察・可能な処置を行い病院へ運びます。1体は「クラッシュ症候群」の診断で搬送、もう1体は死亡で搬送せず、との想定で行われました。

クラッシュ症候群は救急医療の現場では見逃せない重要な疾患です。災害や事故などで長時間身体が潰されていると筋細胞の壊死が生じ、その後救助され圧迫状態から解放されると壊死した筋細胞から発生した成分が血流に乗って全身に運ばれ、急性腎臓障害や心停止を起こすことがあり適切な処置が必要となります。DMAT は、「ABCDE クラッシュ」という定められた手順を唱えながら患者さんを診察し、クラッシュ症候群を見落とさないように訓練されています。

今回の訓練のように土砂にまみれた状態だと身体に傷があるかどうかすら分からず、点滴するにも血管が見えません。土砂を洗い流すための水の準備も必要だと確認でき、これだけでも今回の防災訓練の意義があったと感じました。

DMAT 医師 渡邉 龍太郎

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◆令和3年度人吉市総合防災訓練 アマチュア無線訓練 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

当院は、東日本大震災のとき通常の通信手段が使えず、有効なツールは数回通信できた衛星携帯電話のみでしたので、この経験から、情報通信設備強化のためアマチュア無線を導入し後方支援ツールとして活用しています。

今回は人吉市総合防災訓練アマチュア無線クラブと連携、JG6YID 人吉医療センター無線局から有資格者の総務企画課員が交信を担当し、市本部や避難所のクラブ員と情報交換を行いました。

また、新たに令和2年豪雨災害後に設置された五木村役場のアマチュア無線クラブと初の交信を行いました。訓練開始後なかなか通信ができず人吉市総合防災訓練アマチュア無線クラブの方が五木村へ駆けつけるなどハプニングはありましたが、交信可能となり、当院が指定管理者である五木村診療所の施設情報を早期に入手できる運びとなっております。
今後も地域のアマチュア無線クラブの協力を得ながら災害拠点病院、地域の中核病院として多くの地域と皆様の繋がりを大切にしていきたいと思います。

総務企画課 中村 佑希

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◆看護師長視点での災害机上訓練 2022.1.25 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

令和2年7月豪雨災害後、災害対策・防火委員会において豪雨災害タイムラインを作成中です。タイムラインとは災害の発生を前提に防災関係機関が連携して災害時に発生する状況を予め想定したうえで、「いつ」、「誰が」、「何をするか」に着目して、防災行動とその実施主体を時系列で整理した計画です。
(引用:https://www.milit.go.jp)

この計画をもとに令和4年1月25日、看護部で机上訓練を実施しました。今回の目的は看護師長として何をすべきかを考え実践することです。事前に各部署の特性を踏まえた看護師長のアクションカードを作成し、スタッフの居住地マップや勤務表を準備、訓練当日の外来や病棟状況下で災害発生の危険があると判断した時から、病院機能を維持するための行動を開始します。

今回の訓練はレベル3「高齢者避難」レベル4「避難指示」です。入院患者、職員安全確認、外来・病棟での患者確認や搬送状況確認、防災設備、医療材料・リネンの在庫確認をどのタイミングで誰が行うのかを考え指示をしながら進めました。

また、看護師の居住地や個々の状況から、誰がいつ勤務できるのかを考え勤務を調整しました。さらに、病室の確保です。豪雨災害ではエレベーター数基が災害当日使用できませんでした。その経験を踏まえ、最短の病棟や高度な治療を行う病室の確保のためには、入院中の患者さんを移動する必要があります。その患者選定や準備、病棟間での情報交換など実際に無線や電話を使用し病室の確保を行いました。

訓練後、「看護師長としての災害訓練は初めてで、どのようなことを考えて指示するのか、どうやったら病棟機能を維持できるかの訓練を行うことができた」「部署で行わないといけないことを考える良い機会となった」など聞かれました。初めての試みでしたが、今後も継続して訓練していきたいと思います。

看護部 村上 陽子

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◆JCHO人吉医療センター豪雨災害タイムライン訓練 2022.5.6 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

当院は災害拠点病院に指定されており、災害時に傷病者を受け入れる役割を担っています。これまで地震災害時に医療を継続するための整備を進めてきましたが、令和2年7月豪雨で病院の浸水を経験してからは豪雨災害を想定した事業継続計画にも取り組んでいるところです。水害の反省から豪雨時に職員が為すべき事をあらかじめ決めておく行動計画表(豪雨災害タイムライン)を策定することになりました。地震災害と違って豪雨災害はある程度予測できるので発災前に準備をする時間があります。豪雨災害を7つのステージに分け、平時をステージ1、洪水注意報発令でステージ2、ステージ3で仮本部設置、ステージ4で本部設置と浸水対策、球磨川氾濫でステージ5、ステージ6、7を復旧、本復旧としました。策定に当たって最も難航したのが、ステージを3と4に上げる指標(トリガー)を決めることでした。ステージを上げるのが早すぎると空振りが多く通常診療に大きな影響を与え、遅すぎると準備が間に合いません。トリガーには球磨川の水位、気象情報、避難情報などいくつかの候補があげられましたがどれも精度が今一つです。そのような時、医療施設の水害対策を研究されていた京都大学防災研究所と清水建設から当院へタイムラインの共同策定の話があり、トリガーとして提案されたのがRRI モデル(Rainfall Runoff Inundation model) です。これは京都大学防災研究所の佐山敬洋先生が開発されたもので、降雨が河川に集まり、河川を流れて氾濫を起こす現象を予測する数式です。現在は全国版RRI モデルが開発され、これを用いると豪雨時の河川の水位を4時間先まで予測することができます。氾濫直前の本格的な準備を行うステージ4の重要なトリガーは球磨川の水位とRRI モデルによる水位予測とし、高い精度でステージ4が決定されるようにしました。トリガーが決まってからは各ステージの予想時間内に施行可能な各部署の活動項目を盛り込んでいき、令和4年4月にタイムラインが完成しました。

タイムラインは絵に描いた餅ではだめで、検証や見直しなどの運用が重要です。このタイムラインを検証する目的で5月6日に豪雨タイムライン訓練を行いました。平日の午後でしたが152名の職員が参加し、また院外からも多くの災害関係や報道関係の方が来院されました。

日曜日の午後にステージ2から4まで上がっていく状況を設定し、トリガーの発動、災害対策本部の立上げ、職員の招集や安否確認、患者対応、防水板設置などの実動訓練を行いました。シナリオを用いて行い、初めての訓練でしたが大きな混乱なく終了しました。終了後に反省会を行い、院内外から問題点や改善点を指摘していただきました。

これから毎年数回はステージ2、時にはステージ3となると予想され、その都度タイムラインが運用されることになります。今後は使用経験を積んでより良いものに改訂していきたいと思います。また、先の水害では県内で65名の方が亡くなられましたが、豪雨災害から命を守るツールとしてタイムライン防災が広く社会に普及することを願います。

人吉医療センターDMAT 医師 下川 恭弘

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◆令和3年度球磨村防災学習に当院DMAT参加、活動紹介 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

令和3年12月5日、球磨村では次回の災害に備え、地域住人や小中学生を対象に防災学習が行われ、当院からは災害派遣医療チーム(以下、DMAT)隊員計6名が参加しました。土砂崩れにより孤立した住民の救助を自衛隊・消防が行い、避難場所の球磨村中学校でDMATがトリアージを実施しました。

避難訓練に参加した住人は、地震や水害など実際に災害を経験しているため他人事ではないことを自覚している様子で真剣な表情で訓練に参加され、その様子を小中学生が見学しました。避難訓練後は、小学生にDMAT ってどんな人達?とクイズ形式で紹介し、積極的に手を挙げ活発に答えてくれる姿をみることができ、中学生にはDMAT の活動内容の紹介と災害時の3S(Self: 自分の安全、Scene:現場の安全、Surviver:近隣住民の安全)を説明、自助・共助の大切さを学んでもらいました。その後はDMAT の実際の資機材を説明しながら紹介し、消防の装備品や自衛隊の防災ヘリも展示され、小中学生は普段見ることのできない資機材などに目を輝かせ、見たり触ったりと楽しく学習できたのではないかと思います。

各市町村では公式ホームページに総合防災マップ等が掲載されており、各災害の説明や普段からの防災情報など細かく載っています。こういったツールを活用し、普段から災害予防、事前対策を行い、実際の災害が起きた場合は自助・共助を心掛けて行動することで人的被害を少しでも減少させることが大切だと思います。

災害はいつ起きるかわかりませんが、その時に備え自分の命は自分で守ることができるよう、できることから始めていきましょう。

DMAT 看護師 立開 光義

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5.水害から2年が経過して

◆「JCHO人吉医療センター豪雨災害タイムライン」改定を重ねて - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

2022.9.28改定

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このタイムラインを基にした令和4年10月16日に災害訓練を行いました。昨年、実施しなかった医療エリア展開を行い、訓練後は、タイムライン検証を行っていきます。

 

◆2022年 災害実働訓練開催 ~IT化へ向けて~ - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

令和4年10月16日(日)人吉市総合防災訓練が実施され、当院も共催として災害実動訓練を行いました。

災害想定は、日曜日の午前中、数日前から雨が降り洪水注意報が出ていたが小康状態、朝より雨が降り止まず、徐々に雨量が増え線状降水帯も停滞し球磨川の水位が上昇してきている状況を想定。
水害ステージ3(仮本部設置)からスタートし氾濫が発生するレベルステージ7(応急対応)まで実施し、実際に患者の受け入れと各エリア活動展開まで執り行いました。

今回の訓練は、清水建設協力のもとIT(MCP支援システム)化を図り、情報共有と位置情報を活用した「見える化 (可視化)」をテーマに取り組みました。
豪雨時の河川水位を事前に予測するRRIモデル(豪雨災害タイムライン)をもとに、河川状況やそれに応じた対処状況をシステム(画面)で段階的にチェックし、各エリアで活動しているスタッフ数やエリア状況を対策本部にてリアルタイムで確認できるようシステム化を図りました。

発災時、全スタッフに発信する安否確認や緊急召集をメールにて一斉連絡できる安否確認システムを利用し、今回実際に連絡確認を行いました。
また、人吉医療センターアマチュア無線クラブ(JG6YID)は、本部や各避難所、五木村役場と被災情報等の交信をおこないました。

今回の訓練は、アマチュア無線有資格者である歯科口腔外科の石神医師が担当し、当院の被災状況報告等を本部へおこないました。
訓練中には、シナリオに無い問いかけがあったりと、臨機応変に対応する力を高めることができたのではないかと思います。

広域災害時に情報を共有するためのツールを多数保有することは重要なことであり、今後も地域のアマチュア無線クラブの協力を得ながら、災害拠点病院として多くの地域、行政機関と繋がっていきたいと思います。

今後も訓練と振り返りを積み重ね、システム化に向けた体制整備の構築も行いながら、入院患者の安全とより多くの傷病者の救命に繋げられるよう取り組みを強化していきたいと思います。
人吉医療センター地域協力会の皆さんやボランティアの方々、人吉アマチュア無線クラブの皆さん等々、今回もたくさ んの方々のご協力をいただきました。感謝申し上げますと共に、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

災害対策・防火委員会 医療福祉連携室 野々上 真一

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6.おわりに

◆豪雨災害の教訓

当院は平成11年に災害拠点病院の指定を受け、これまで地震を想定した災害医療体制を整備してきましたが水害に関しては不十分でした。昭和40年7月の大洪水時も当院は浸水を免れており、ハザードマップでも計画規模の降雨による洪水浸水想定区域に当院は入っていません。平成27年の水防法の改正により想定最大規模の降雨による浸水想定区域が表示され、これによると当院は1~3m浸水することが判明しましたが、これは千年に一度の確率なので当面は大丈夫だろうと考えていました。

しかし、令和2年7月4日未明に梅雨前線による幅70 km長さ280 kmの線状降水帯が球磨川流域に停滞し、9時間で平均350mmという記録的な集中豪雨により人吉球磨、芦北、八代地方に大洪水と土砂災害が発生しました。当院駐車場は約70 cm浸水し、1階の大型医療機器やエレベーター、救急外来、上下水、固定電話などが使用不能となりました。2階の外来フロアに災害医療エリアを展開し、2日間で救急車63台、118名の傷病者を受け入れました。水は約4時間で引き、午後から清掃や医療機器の復旧を行い、7月6日朝から平常診療を行うことができました。災害により救急や産科の医療需要が増大しましたが、多くの医療機関からの人的支援を受けて急場をしのぐことができました。災害拠点病院としての役割は何とか果たせたと思いますが、水害に対する当院の弱点が露呈されました。これを教訓にして水害に強い病院を作るための取り組みが始まっています。

わが国はアジアモンスーン地域に位置しており豪雨や台風による災害が多いのですが、最近は海面の温度上昇によりその規模と頻度が増大しています。今後も毎年どこかで突然の未曽有の豪雨が降る可能性があります。今回の豪雨災害により熊本県では65名が亡くなられていますが、豪雨災害から命を守るためには何といっても避難が最も重要です。高齢者を含め確実で安全な避難体制を地域で作ることが急務です。治水に関してはこれまで連続高堤防による河道の整備やダムによる流量調節が行われてきましたが、最近の豪雨ではことごとく災害が発生しており、限界を超える雨量ではかえって被害を増大させる危険性が判ってきました。これからは遊水地や山林の保全や土地利用制限などの流域治水を取り入れ、自然と共存する治水にシフトしていくのが賢明だと思います。

今回はコロナ禍に豪雨災害が起こり二重の災害に見舞われました。新型コロナウィルスの起源はまだ明らかになっておりませんが、これまでの新興感染症は開発などにより秘境のウイルスが人間社会に入り込んだものとされています。異常気象もこれまで人間が化石燃料を消費し、森林を破壊してきた結果であると言われています。産業革命以降人間が経済活動によって引き起こした自然破壊、環境汚染、生物多様性の減少は地球に深刻な影響を及ぼしていることは間違いないと思います。私たちは近年の災害をその警鐘と捉え、自然界に適合する社会へと軌道を修正する時期に来ていると思います。

副院長 下川 恭弘